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ナマステ〜、40か国以上行った中で、ブラジル、インド、ネパールが特に印象深いSattvaーKenです。
長く滞在すればするほどその国の人や文化、気候に触れて、良い旅になります。
たくさんの思い出を詰めたバックパックを背負っていた頃が懐かしいです。

さて、前回に引き続いて本日も「旅の記憶」(ネパール編)をお届けします。
こうして昨日のことのように振り返る「旅の記憶」も、かれこれ10年以上前になります。
体力的な衰えは否めませんが、一途に熱く純粋に探究する姿勢は今も変わっていません。
では、早速記憶の中にInToトラベルしましょう。

神秘の国、ネパール。インドとチベットと中国に囲まれた内陸国。世界の頂点、エベレストを含むヒマラヤ山脈を有し、ヒマラヤ登山の玄関口として、世界中から多くの登山家も訪れる。
宗教はヒンドゥー教(80.6%)とチベット仏教(10.7%)が全体の9割以上を占め、どのお店や家庭でもヒンドゥー教の神様とダライ・ラマの写真が一緒に飾られていました。
ほとんどの人がヒンドゥー教徒でありながら、インドのヒンドゥー教徒と大きく異なるのが、飲酒と食肉をすることです。
北のモンゴロイド系民族はもともと寒い高地山岳地帯に住んでいたので、冬季の暖を取るために伝統的に飲酒の慣習を持っていて、高地で作物も育ちにくく食肉文化もあって、ヒンドゥー教徒なのに肉食に飲酒という異世界があります。
多民族国家で、それぞれの民族からさらにカースト(職業)が複雑に細分化されていて、その数は100以上あるそうです。
インドと同じように公式にはカースト制度は廃止されていますが、これもインドと同じく田舎に行くほどその影響は色濃く残っています。
インドからネパールに来てから、よくネパール人に「インド人とネパール人、どっちの方が良い人だと感じる?」と聞かれることもよくありました。
ネパール人としては、誇りとプライドとおもてなし精神でインドと差をつけているように感じました。実際にもホスピタリティー溢れる素敵な人に多く出会いました。
公用語はネパール語で、聞いた感じはヒンディー語に近い響きで、大体どのネパール人もヒンディー語も理解できます。
政治では、つい最近(2008年頃)まで絶対君主制のネパール王国で、それ以前も以後も国内の政界は荒れに荒れて崩壊を繰り返し、私がいた頃も政治絡みのストライキが頻発して、元祖ロックダウンになっていました。
経済でも自立は困難でインドや中国に頼る部分も多く、一部の都市を除いて未だ電気が通ってない村も存在していて、毎日8~10時間の計画停電で電気が使えません。
物価はインドより少し高めか同じくらいです。

と、ざっくりとしたネパールについての説明と感想で、個人的な感覚では、ヒンドゥーの文化を残しつつ、人種は日本に近づいたような感覚です。
私も何度かネパール人に間違えられることもありました。。。
昔ながらの生活や良い意味での不便さがどこか心地良く感じる国です。

さて、バンジージャンプを終えて、カトマンドゥ周辺の観光も大体見て回ったので、次はネパール中央に位置するポカラに移動しました。
ネパールの移動は主にバスを使います。時には未舗装の山道を走るため、距離の割には時間がかかります。必然と痔も心配になります。。。この統一感の無いデコレーションも気になります。。。

ポカラはカトマンドゥから西に200kmの標高800mに位置し、ネパール第2の街です。
とは言え、蓋を開けたらこれまた物凄く心地良いゆったりとした時間の流れる田舎町でした。
そして旅行者が泊まるゲストハウスのエリアに、何とも美しい湖(フェワ湖)があり、イカダを借りて湖を散歩するのも最高。

湖を渡って森の中を登ると、ひらけた場所に日本山妙法寺がありました。

どこか懐かしく、人も親切で、天気の良い日にはヒマラヤ山脈が見えて、緑がいっぱいのポカラがすっかり好きになりました。
暖かい季節には、小一時間ほどバスと徒歩で街から離れれば、天然の滝や川で水遊びも出来ます。

小さくまとまったシティで流し撮り。

その他、DNAが懐かしく感じるような風景も一挙に。

ポカラに来て、毎日のようにヒマラヤの山々を見ていると、呼ばれているような気がして、もっと近くで山を見たくなった。
ということで、ちょっとしたヒマラヤの景色を楽しめる3泊4日の短いトレッキングに出かけることにした。
ネパールにとって観光業は貴重な外貨獲得の資源であり、ヒマラヤ山脈の各トレッキングにはパーミッション(申請)が必要になり、それぞれの入山入り口の詰所にてチェックがあります。

カトマンドゥからならエベレスト方面へ、ポカラからならアンナプルナ方面へと、トレッキングルートによって始点になるポイントも変わってきます。日数も体力と時間に合わせて、日帰りから1ヶ月を超えるコースまで様々あります。
そして今回行ったコースは、朝焼けのアンナプルナを望む展望の丘、プーンヒルを目指すコースです。
程よい距離と程よいアップダウンで自然をいっぱいに感じながら歩き、山岳民族シェルパ族の文化と生活に触れ、宿泊は山のロッジに泊まり、ネパールのベジ定食(ダルバート)を食し、五感が喜び癒される登山になりました。

そしてプーンヒルからの景色は、まさに息を飲む絶景でした。

泣く子も黙る壮大な景色に感動し、生かされている喜びがこみ上げてきます。
この軽登山コースを歩いてみて、改めて自然に還る登山の楽しみを再発見し、またの機会にじっくりと見て回ろうと決めました。
この時点で、これからのインドの旅が長くなるであろうと予想していたので、ビザの関係でまたネパールに来ることもわかっていたので、次回の楽しみに取っておいてポカラに戻ってきました。(実際に約半年後、エベレスト方面へ標高5550mの高さまで登るルートを一人で歩きました。)

インドとは違うネパールの魅力を存分に感じ、この後もインド〜ネパール間を何度も行き来しました。
ネパールにいると、どこか昔の日本を思い出されます。それも、私が生まれるずっと前の想像の中での日本の生活とネパールの田舎暮らしがダブって見え、過去生の記憶が蘇るような感覚になります。
簡素で無駄にエネルギーを消費しない自然の暮らしが、ネパールにはまだ残っていて、パソコンなどの機械の知識より生活の知恵を必要とします。
物に溢れる世界で何が本当に必要なのか、つくづく考えさせられます。

この頃、インドに来るまで、旅を続ける理由も、将来の生活も不透明な状態で、現実逃避をしている後ろめたさもありました。
それがインドに入り、旅を続けて行くうちに、将来の自分の生活を明確にイメージするようになり、それを実現するためのカルマを意識するようになっていきました。
ついに、旅する中で探していた自分に出会うことが出来たと実感したのです。
これらの旅の経験が今現在のSattvaYogaShalaの基盤になっています。

そんなインドやネパール、ブラジルなど、旅の経験を盛り込み完成した道場がSattvaYogaShalaです。
そしてそれは今後も皆さまと一緒に進化していきます。
いつかSattvaYogaShalaで、インドやネパールに行くツアーをやりたいと思ってます。

未来のビジョンを描き、それを実現する行動を意識して叶えていきたいですね。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「旅の記憶」は今後もまだまだ続きます。
次回会うその日まで、ナマステ〜。

(2013年、一時帰国した時の写真です。)

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