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ナマステ〜、寝ても覚めてもヨギーなSattvaーKenです。
寝る前のプラーナヤーマと瞑想で1日を締めくくり、起きた後のプラーナヤーマと瞑想で1日を始めます。
まさに至福の時間です。

本日はアパリグラハ(不貪)について、お話したいと思います。
このコロナとの生活で、ある意味多くの無駄に気づき、省いてきた方も多いのではないでしょうか?
企業や教育現場でもリモート化が進み、通勤にかける時間や会社を構える家賃やスペースも省かれ、その分自由な時間が持てたと感じる方もいると思います。

私がブラジルを旅していた時、リオデジャネイロのビーチで、海から上がる月を見ていた時に強盗に遭い、大事にしていたカメラを盗られました。
始めは予期せぬ喪失に落ち込んでいましたが、その後カメラの執着も無くなり、ファインダーを覗いていた時間が五感で感じる時間に変わり、持っていることの緊張や注意からも解放されて、より安全で自由な旅になった経験があります。

その他、旅をする中で色々なものを手放して、その度に自由を獲得していました。
帰国後は、そんな捨ててきたものをもう一度拾い集めているような矛盾と葛藤もあり、一掃のことなら全てを手放して出家したいと思うようになりました。
なぜなら手放すことで得られる真実があることを知っているからです。

ラージャ・ヨーガでいうところの、ヤマの五戒律の一つ、アパリグラハ(不貪、放棄)にあたります。
普段のレッスンの終わりのワンポイント哲学でも、何度もお話させてもらっていますが、アパリグラハの「ア」は反意語を意味し、「パリグラハ」とは、何かをとろうとして手を伸ばす、あるいは何かが自分のものだと主張するという意味から成ります。
パリグラハは、本当に必要であって、それ以上を求めたり、集めたり、所有したりすることです。
アパリグラハでは、精神的な執着や依存から見栄やプライドも同時に手放し、周りに対しても求めたり、強要しないことも含まれます。

私はこんな風にしたい、なりたい、見られたい、っというエゴも自分自身を苦しめることになります。
自己主張を強めて周りに強制しても、決して良い結果を生みません。
とは言っても、一般生活をする上で、最低限のものや関わりは必要です。

そして話を戻しますが、このコロナが流行ってから、あっという間に一年が過ぎました。
今日に至るまでに、それぞれの想いと共に手放し、悲しむこともあったと思います。
しかし、このコロナは手放す機会を与え、一時的な悲しみや苦しみを乗り越えた先にある自由と幸福を獲得するためのものであったと、思う日が来ます。
片側からだけでなく、全体を通して物事を見つめる力をこの機会に養っていきましょう。

PS:本日、運転免許の更新に行ってきました。免許もインドにいた時に失効して、その後更新することなく手放したものの一つですが、帰国後再度試験を受けて取得したものの、結局使うことはほとんどありません。。。
最後の写真は10年前のインド・ダラムサラーにてヴィジャイ氏と。

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