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今日、一重にヨーガといえど、巷にはハタヨガをはじめ多くの「〜〜ヨガ」が存在します。
今日はそんなヨーガの流派について書きたいと思います。

そもそもヨーガの源流は人類最古の書物である「ヴェーダ」(神から直接授けられた知識または真理)から派生したもので、古代のリシ(聖仙)によって、その膨大な知識を四つの主要カテゴリーに分けられたものが、
「リグ・ヴェーダ」「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュル・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」である。

さらにテーマによって三つに分類(カンダ)され、行動に関連する「カルマ・カンダ」、神の崇拝に関連する「ウパシャナ・カンダ」、自己を知ることに関連する「ジュニャーナ・カンダ」に分けられる。
この三つの分類(カンダ)から以下のヨーガの土台が出来たとされています。

・カルマ・ヨーガーー行為のヨーガ

・バクティ・ヨーガーー献身のヨーガ

・ジュニャーナ(発音的にギャーナに近い)・ヨーガーー知識のヨーガ

「カルマ・ヨーガ」
ハタ・ヨーガ、アシュタンガ・ヨーガ、クンダリーニ・ヨーガ、クリヤー・ヨーガ、ラージャ・ヨーガなど私たちが学んでいる〜〜ヨーガの流派は「カルマ・ヨーガ」に属し、それぞれの心や身体の性質によって、様々な技法(タントラ)が用意され、多くの現代人にとって適用されるヨーガです。

一般的に行為のヨーガと訳されるカルマ・ヨーガは、昔も今もその行為の結果を私欲のためではなく、至高の存在あるいは深遠なる自己(アートマン)に捧げるように説いている。
行為によってその因果を清め、執着や利益を放棄することで、無限の意識だと悟る成果がなされます。

「バクティ・ヨーガ」
崇拝をテーマに献身の道のヨーガで、献身する者の自己(アートマン)と至高の存在の無限の自己(ブラフマン)を理解し、(有限性と無限性の違い)全てのものを自分の神と見なし、自分自身を全てのものに仕える者と考え、崇拝する道であるとされている。
バクティヨギーは、それを理解する思考力と献身する純粋な情熱が必要で、自分の行為の全てを自己、神、周りの人に捧げ、明け渡すことが出来る、ごく一部の限られた者のみが適用されます。

ヨーガだけでなく、他の宗教でもこのような行為は見られますが、その道半ばで自己への裏切りや疑念を持たずに、真っ直ぐに信じる者に、その恩恵はもたらされます。
ただ、それが出来るなら、一般生活を変えずに行えるというメリットもあります。

「ジュニャーナ・ヨーガ」
「知る」という語源からなる知識のヨーガで、自分自身を神聖な意識の現れであると認識するための、最も直接的な道であると同時に、最も困難な道であるとされている。
実践者はまず、全てが実はブラフマン(無限の意識)以外の何ものでもないと悟った師の話に耳を傾ける。
次に、富や成功、快楽、名声、家族などに対する全ての欲望と執着を放棄し、静かな場所で師の言葉について瞑想し、その教えに隠された永遠の真実に気づき、その真実を永遠に体得することがジュニャーニンである。
それには純粋で力のある強い知性が求められ、それが適用されるのは、選ばれたわずかな人だけであるとされる。
そうなるためには、例外をのぞき、それ相応の生を繰り返す必要があり、準備段階としてにカルマ・ヨーガからバクティ・ヨーガ、そしてジュニャーナヨーガへと進むのが、適している。

さて、かなり深いところでのヨーガの目的と真理について、書きましたが、このようにヨーガの道は真面目に歩んで100万年かかると言われており、挫折しそうなほど果てしなく長い道のりです。

昔から「継続は力なり」と言っていますが、私自身、この道を極めるのは今世ではとても達成出来ないと感じています。
しかし、この今世での行いが来生、再来生の基盤を作り、いつの生か、完全なる解放がなされると信じて、今日もヨーガに励んでいます。
そして、今ある幸せも皆さんあってこその幸せと感謝の気持ちを忘れずに、これかも精進していきます!

来月から、予定していたインド哲学勉強会も開講する予定です。
気軽にお茶やスナックなど食べながら、子供から動物たちも一緒にインドの話や神話の話など、座談会に近い雰囲気でやっていきたいと思いますので、皆さんのご参加お待ちしてます。
詳細は後日ご案内します!

ps:SNSとは違って、好きなことをあれこれ書くブログの楽しさにハマってます。クセが強い内容もあるけど、ヨーガについて知らなかった一面など伝えていけたらと思ってます!これからもよろしくお願いします。

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