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ナマステ〜、長時間の乗り物で切れ痔になっちゃうSattva-Kenです。
バックパッカーは、車、タクシー、バス、電車、船、飛行機、ラクダ、ドンキー、馬など色んなものに乗って移動します。
そしてなるべく飛行機は使わずに、ゆっくり時間をかけて陸で移動するのがKen’sスタイルでした。
そんなある日、ブラジルのサルバドールからアルゼンチンのブエノスアイレスまでバスを乗り継いで移動しました。
丸4日以上かけて目的地のブエノスアイレスに着いた時には、お尻が大変なことになっていました。それ以来10時間を超える乗り物に乗ると切れ痔になります。
毎度冒頭の内容が下の話ですいません。

さて、「旅の記憶」と題してシリーズでこれまで2回投稿してみて、何の反響もありませんが、本日3回目です。
前回は、ヒンドゥー教の聖地ヴァラナシにて、インドの生活や信仰、死生観、宗教観を見て、触れて、感じて、それらが自分の中にも芽生えてきているのを感じました。

ちなみに、インドに入ってデリーからヴァラナシまで、ヨガのクラスに通うことなく、ブラジルで教えてもらったセルフヨガプラクティスを毎朝夕の一日2回を続けていました。
ヨガを始めた当初から常にセルフプラクティスだったので、この頃はヨガに通う概念がなく、特に探してもいなかったです。
まだインドとヨガの繋がりが浅い時代ですね。

2010年1月、ヴァラナシで新たな年を迎えたものの、ザ、インドの洗礼も同時に迎えて、腹痛で体調を崩す。
思い返せば、ここから2ヶ月以上コンスタントに腹痛と下痢を繰り返して、身体がインドの環境に順応するのに頑張ってました。
腹痛っていうけど、寒気や高熱、関節痛、頭痛、下痢、嘔吐を伴う日本ではれっきとした病気です。
原因はインドの生活の至る所にあるので、身体が適応するしかない。そして自らローカル食堂や屋台、水道水などを入れて鍛えてました。

体調も優れずグダグダになっている時、ビハール州ブッダガヤーでダライ・ラマ14世の法話が開かれるとの情報が入った。
いつものように思いつきでブッダガヤーに行こうってなって、早速ヴァラナシからガヤーまでの列車のチケットを購入。
まだ下痢と吐き気が続いていたので、これを機に断食することにした。

インドタイムだけに、出発も到着もかなり遅れて、ブッダガヤーに着いた時にはすっかり暗くなっていた。
バスターミナルから町の中心までオートリクシャーを拾って外に目をやる。町の第一印象は、やけに賑やかだなと感じた。
リクシャーを降りて今夜の宿を探すが、どこも満室。それもそのはず、ダライ・ラマ14世による法話で国内外から多くの人が集まっていたのである。だから町も賑やかだったんだ。

それよりも今夜の宿はどうしたもんか。ホテルのロビーにも寝場所がない状況で途方に暮れていた時に、たまたまバイクで通りかかったインド人が声をかけてきて、今夜泊まるところがないことを説明すると、インド人の家族を紹介してくれ、そこにホームステイさせていただくことになった。
なんとも有難い。翌日、ブッダガヤーならではのおもてなし、お手製キール(甘いミルク粥)をいただく。実際には断食中だったので、そのまま常温でしっかりと菌を繁殖させるかのように、一日経ってから食べて、やっぱり大当たりをひきました。。。

そんな状態だけど、せっかくダライ・ラマ目掛けて来たんだし、早速法話に行ってみた。会場はただっ広い運動場のような外で、前もっての申請も不要で、当日パスポートと手荷物検査で中に入れた。
もうすでに始まっていて、ダライ・ラマ14世が壇上の中央に座っていた。法話の内容と思われる音声が流れている中で、ダライ・ラマは微妙に揺れているように見えるのは気のせいかな?
温和な表情で座っておられて、良い意味で子供っぽさが出ていて、見ているだけで内側から病気が癒されるような不思議な感覚になった。
法話の最後には、急遽特別に外国人だけにお話をしてくれた。終始愛らしいエナジーで包んでくれて、ダライ・ラマもテンションが上がって、みんなで写真を撮ろうって言い出したもんだから、一斉にダライ・ラマのいる壇上に駆け込み会場はパニックに。
いつの間にかダライ・ラマも非難してそのまま法話は終了した。
改めて不思議な体験をしたなぁと思い返しながらチャイを飲んで、みるみる体調がよくなってきたので、そのまま町歩きに。

仏陀が悟りを開いた地であり、仏教の聖地というだけあって、日本のお寺から各国の仏教寺があちこちにあり、その国独特のスタイルのお寺を見て回るだけで楽しかった。

日本寺では以前に宿泊者の受け入れをしていたそうだが、建物の老朽化で今はお断りしているとのこと。
でも毎夕方に読経と坐禅体験を一般開放していると聞き、そのまま参加させてもらうことに。
座布の座り方から足の組み方まで、日本語と慣れない英語で丁寧に説明してくれ、インドにいながら日本のお寺にいるという状況に飛ばされ、一瞬自分がどっちの国にいるのか分からなくなった。
歩いて帰る途中、ホームステイを紹介してくれたインド人に偶然会って、しっかりとお礼を言う機会をいただきました。
話を聞くと、彼は地元の実業家的な人で、旅行代理店やホテルを経営していて、貧しい子供達に無料の小学校も提供している。
私も宿のお礼に、その学校でしばらくボランティアをさせていただくことになった。
そして更にブッダガヤーでは有名なヨギー!?スワミ・ゴパール氏を紹介していただいた。(当時この人しかヨガを教えている人が見つからなかった。)

ホームステイ先に帰ってきて、充実した一日の余韻に浸る。
午前中は這いつくばるように重かった身体が、ダライ・ラマとの出会いで急速に癒され、新鮮なエネルギーをいただいて、満ち満ちた幸福感を得ることが出来た。
jai ダライ・ラマ!
明日のゴパール氏のヨガに備えて早めの床についた。

翌朝、いつものようにセルフヨガを済ませ、ゴパール氏と約束した日本寺近くのホテルへと向かう。初めてのヨガレッスンにワクワクしている。
この時で、井の中の蛙ヨガを始めて半年ほど。元々ヨーガに関して何の知識もなく、身体も硬いところから始め、この半年間で自分なりにそこそこ上達したと思っていたので、お手並み拝見といったところ。

ゴパール氏がオンタイムで到着した。
昨晩は暗がりの中でご挨拶したので、特別な印象はなかったが、今朝こうして会ってみても、やはり特別な印象はなく、そこらいらにいる小さなおっちゃんって感じ。印象が薄いことがこのヨギーの印象だ。
ただ、華やかさとは正反対のシンプルで着飾らず、威張らず、物腰柔らかく、自然な雰囲気を持っている。

生徒が私だけで申し訳なくも、早速レッスン開始。
アーサナ(柔軟、筋力、バランス)、クリヤー、プラーナヤーマをバランス良く取り入れた総合的なハタ・ヨーガで最後にクンダリーニヨガまであって充実した内容。
レッスン中も、優しく、柔らかく、強く、時には鋭く、丁寧に指導していただきました。
終わる頃にはこのヨギーの印象が薄いのは、ヨーガに熟達しているからなのだと理解した。
ヨーガの鍛練で余計な角がとれ、丸く柔らかく当たってもお互いに傷つかない状態になったのだ。何と素晴らしいことか。
私のエゴを受け止め、そして気づかせてくれた存在。
アーサナで柔軟になって、瞑想で気持ち良くなるだけがヨガではない、ヨーガにはもっと深遠な何かが秘めているんだ。

その後はボランティアで小学校の子供達と一緒に遊び、昼食をいただいて、子供達の家庭訪問しながら帰って、間に合うなら日本寺の坐禅に参加するというのが、ブッダガヤーの生活のルーティーンになった。

ゴパール氏とのヨガ、田舎の子供達、毎朝通うチャイ屋さん、ホームステイの家族、知り合ったインドの人達、下痢ピー、楽しい日々はあっという間に過ぎ、気がつけば3週間近く経っていた。
ブッダガヤーの町も”法話フィーバー”が終わり、すっかり落ち着いた様子になっている。
そろそろ別の街に行ってみようとなり、直感に従ってカトマンドゥに決めた。カトマンドゥはネパールの首都だけど、ブッダガヤーからはラクソウルの国境を経由すれば、意外と近いらしい。
しかもバスは乗り換えなしの一本で20時間もかからないとなれば、バックパッカーからすれば近距離だ。

早速チケットを予約して、当日バスターミナルにて。
聞いてた感じのバスじゃない。。。しかも人数分の座席が足りない。
これは久しぶりにタフな旅になる予感。
私の座席は一番後ろの列をインド人、ネパール人、チベットのお坊さんと一席足りないスパースでシェアすることになった。
私は真ん中で横向きに半ケツ状態で座り、荷物も人もギュウギュウで出発。
これだけ積んでる割にはパワーがあると感心していたのも束の間、少し早めの昼食休憩で停車。
そこで何やら運転手がもめている。どうやらバスの調子が悪いみたいだ。エンジンがかからないので、みんなで押して再スタート。次は、ギアがローから切り替わらない。
早く走れないバスは、永遠とローギアで悲鳴のようなエンジン音を響かせて走る。
道は悪く、山道に入って、外は真っ暗。普通このてのバスは夜も走り続けるのだが、このバスの運転手は長期戦を見越してか、バスを道端に停めて仮眠。狭さと痔と進まないもどかしさで眠ることも出来ず、ひたすら耐えるのみ。
私だけでなく、他の乗客も文句一つ言わないどころか、周りの心配までしてくれていた。
腹を立てても何の解決には至らないんだよって感じで。

到着予定時刻は大幅に遅れ、カトマンドゥに着いたのは、出発してから50時間後だった。

完全に疲れきっていて、宿を探す気力もない。
乗り合わせたチベットのラマ僧さんに何処か泊まれるところがないか聞いて、学生が住むようなアパートの一室を紹介してくれた。
バックパックを置いて、そのままベッドにバーンっとなった。遠のいていく意識の中で、「世界で最も天国に近い国、ネパール」という言葉が浮かぶ。
直感で訪れたネパール、どんなことが起こるのか。

次回に続く。

次回の「旅の記憶」はネパール編でお送りしたいと思います。
最後に写真で振り返ります。
それでは皆さん、またお会いしましょう。
SattvaYogaShala Ken


こんな建物がインドにあるなんてびっくり。


インドの子供達は写真撮られるのが大好き。


いつものチャイ屋さんの娘。姿勢良いねぇー。


インドの自転車。片手運転が多いインドは、どっちのブレーキレバーを引いても、両方かかる仕組み。


お釈迦様が悟りを開いた聖地。


聞いてた感じのバスじゃない。。。過酷なバスの旅、歴代トップ5に入る旅。

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