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ナマステ〜、朝の排便をじっくり見てその日の健康状態を確認するSattvaーKenです。
前日に食べた物と照らし合わせ、消化吸収や内臓機能が働いているかをチェックするのが日課です。
今も決して強くはないですが、旅に出る前はこう見えても少し潔癖で胃腸が弱い人でした。
冒頭から汚い話で始まり大変失礼しました。

さて、本日は「旅の記憶 インド」第2話をお届け致します。

以前の投稿では、初めてのインド・デリーにて、衝撃の小宇宙を目の当たりにして、いよいよディープなインドの旅が始まりました。

デリーで1週間ほど滞在して、年越しをヒンドゥー教の聖地ヴァラナシで過ごすため、鉄道に乗って移動することにしました。
デリーからヴァラナシを経由してコルカタに行く鉄道路線が、インドで最もスリや詐欺、泥棒などの犯罪率が高く、また夜行列車のため、かなりの警戒モードで電車に乗りました。
私が乗った車両は、三段ベッドが向かい合わせになっている2ndスリーパークラスで、エアコン無しで床がゴミだらけで、周りのインド人全てが怪しく見えて、とても快適とは言えない移動でしたが、無事にヴァラナシに着くことが出来ました。

翌朝ヴァラナシの駅を出た途端に大勢のタクシーやオートリクシャーの客引きにモテモテに遭いながら、そこを掻き分けていざ聖なる河ガンジス川を目指す。外の気温はインドなのに寒くて、ちょうど今の日本の気候と同じくらい。ヴァラナシは、夏の暑さと冬の寒さのピーク時には、火葬場は大忙しになる。
安宿を探している時も、誰かしらインド人がついてきて、強引に紹介してその宿からマージンをもらおうとしてくる。
世界三大うざい人(インド・エジプト・モロッコ)を制覇したと実感しながらも、ガンジス川の近くの宿に決定。決めた理由は、屋上にヨーガプラクティスのスペースがあることと、インドでは珍しく飼い犬(シェパードとゴールデンレトリバー)がいたから。

早速荷物を置いて町歩き。何百年と歴史ある建物が並び、細い路地には安宿、レストラン、商店、土産物屋、旅行会社、ネットカフェ、神具を扱う店などが並び、そこをインド人、旅行者、死体を運ぶ家族、野良牛、野良犬、野良猿、野良ヤギ、野良Kenが歩いている。

ガンガー(ガンジス川)沿いでは、凧揚げする子供やクリケットして遊ぶ若者、ガンガーで泳ぐ人、イカダに乗る人、沐浴する人、洗濯する人、説法や祈りを取りまとめるバラモン階級の人、火葬する人、サドゥー(行者)など、人々の生活に溢れていました。
それを見ると人生観が変わると言われてますが、逆に何も感じない人なんているのでしょうか。

ガンガーはヒマラヤ山脈から始まり、インド北東部を流れベンガル湾まで流れ込む全長2500km以上の大河で、その流域には4億人が生活していて、ガンジス川そのものが女神ガンガーとして信仰の対象で、インド中から多くの巡礼者が集まる。
インド神話ラーマヤーナでも登場するガンガーは、かつて天上を流れていたとされ、サガラ王の6万の王子を供養するために、バギーラタが苦行を積み、これを聞き入れたブラフマー神によってガンジス川は地上を流れることとなったそうです。
しかし、天から降りる衝撃に世界が耐えられないため、シヴァ神が川を自らの額で受け止め、髪を伝って地上へと流れ下るようにしたとされています。
なので、シヴァ神の描写には必ず主の頭をバウンドするようにガンガーも描かれています。
ガンガー流域で目にするサドゥーはナガババと呼ばれ、シヴァ神のように長い髪を編み込み、衣服はまとわず全身に聖なる灰を塗っていて、その容姿は何とも近付き難い姿をしている。
彼らのことを敬意を表してババジと呼ぶ。彼らは神の代弁者であることに変わりはないが、その異様な雰囲気につい目を逸らしそうになる。
彼らは家を持たず、野宿してインド各地を巡礼しながら苦行を行い、その苦行の道は様々で、土に埋まって生活するババジや、反対に地に足をつけないババジ、転がりながらインドを旅するババジ、じゃがいもだけを食べて生活するババジ、ひたすらマントラを唱え続けるババジなど、あげればキリがない。
観光客の多い町のババジの大半は職業ババジならぬ浮浪者で、旅行者を招き入れ、ババジ特有のおもてなしで、布施やチャイをせがむ。
それでも、彼らは出家した身であり、外でのサバイバル術も相当なもので、見られることに何の負い目も感じず、私たちの住む世界のこともよく見えている。
口にはしない頭で考えていることも、ずばりと的を得たことを言ってくるので、彼らの前では隠し事ができない。

ガンガー沿いにはガートと呼ばれる沐浴場が並んでいて、人々の信仰を垣間見ることができる。
せっかくなので、ヒンドゥー教徒にとって憧れの沐浴体験をしてみようと思い、ガート(ガンガーまで続く階段)を降りて、沐浴しているインド人のおじさんに沐浴の仕方を聞いてみた。
始めに鼻をつまんでバシャ、バシャ、バシャと3回頭ごと川の中へいれるように教えてもらったが、特に正式な入り方はないそうで、大事なのは信仰心とのこと。
川の水面には色んなものが浮いていて、浸かっている足の感覚もヌルッとしていたが気にせずトライ。
かなり寒い中での沐浴だったが、意外にもどこか気持ちよく、清々しくも感じた。一生に一度はガンガーで沐浴して、これまでのカルマを清めるという夢が叶わず今世を終える人からしたら、自分はなんて幸せ者なんだと、その幸運をしっかりと感じながら、有難い体験をさせてもらった。
普通の旅行者は、そのガンガーの水質が汚いだとか、入ると病気になるとか言うが、ガンガーは多くのインド人にとって信仰と生活を支えていて、ヒマラヤからヴァラナシまで約2000kmの人々の想いが詰まった”濃い”色が出ていて、汚れではなく愛なんだと実感した。

ここでの沐浴体験で、ある種ヒンドゥー教の、ヨーガ教の洗礼を受けた形になり、私の中での信仰と敬愛の念が強まったように感じる。
こんなにも純粋に真っ直ぐに信じ、捧げる彼らの姿を見て、少し羨ましくも思いました。
信じる者は必ず救われると。

そんなヴァラナシの年越しだが、ヒンドゥー教徒にとっては西洋のイベントとして、近くで爆竹の音が鳴ったり、花火が上がったり、インドの若者はそれなりに楽しんでいたが、特に特別なことはなかった。
ヴァラナシはインド古典音楽も盛んで、ここで初めてシタールやタブラーの演奏も見た。
インドの文化や習慣、生活に触れるたびに、その世界に魅了されていく自分がいて、カレーのイメージしかなかったインドの印象も変化していった。

今もなおカースト制度が根強く残るインドで、たとえ今世が苦しみに満ちたものでも、その与えられた使命を全うすることで来世の幸福を得ると信じる彼らの眼を見ていると、何をしたいのかもわからずにフラフラしている日本の若者よりよっぽど幸せそうに見えた。
豊さの基準は物を所有することではなく、心のあり方、人生観で決まるのだと。
インドに来る前は帰国も考えていたが、気がつけばすっかりインドにハマっていた。
世界を旅する中で、何か面白いことを求めてこちらから出向いてそれを肌で感じるというのが、一般的な旅のスタイルだと思うが、インドに限っては、こちらから出向かずとも目の前で何かしらの奇跡が起こる。
まさにIndia is a miracle.

今後もどんな奇跡が起こり、どこに導かれて行くのか、期間は決めずに流れに身を任せていこう。
これからも旅は続く…

PS:沐浴した後日、インドの別の洗礼を受け、物凄い腹痛と下痢に見舞われ、数日間寝込みました。。。ここで誤解しないように、この病気は沐浴ではなく、インド初日から屋台やローカル食堂で食べたり、水道水で歯を磨いたりしていたのが原因だと確信してます。しかし、ガンガーの水が汚いと思う人にとっては、沐浴することはお勧めできません。重過ぎる愛に痛い目に遭うよ。

左上:インドの列車の車内。天上も低くて幅も狭いベッドに荷物を置くと、寝るスペースがないよ。
右上:宿の屋上でヨガしてると、お猿さんがちょっかい出しに来ます。服とかも持っていかれるので注意。
下2枚:屋上からのガンガーの眺め。朝陽が昇る様は何とも神々しい。

ヴァラナシで出会った動物達。やる気のないコブラもインドの血が流れてます。

地元の床屋さんで髭剃り体験。カメラ目線はいいからちゃんと仕事してくれぇ。んで最後はカメラ目線じゃないんかいな。

ガンガー沿いを歩く。色とりどりのサリーが洗濯され、道に並べて干してある。これぞ汚洗濯。

友人のカメラマンが撮ったサドゥー。カッコイイと思うのは私だけ!?
右手を挙げてるサドゥーは知る人ぞ知る有名なババジ。寝る時も常に挙げ続けて40年。厳しい苦行で得たSattvaな眼をしている。

以下、旅友のカメラマンのHPです。よろしかったら合わせてどうぞ。
https://ryosaito.com

それでは皆さん、また次回にお会いしましょう。

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